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宇宙では、波から波へのエネルギー輸送をイオンが中継

更新日:2021.12.11

宇宙では、波から波へのエネルギー輸送をイオンが中継

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の三好 由純 教授、小路 真史 特任助教は、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所の浅村 和史 准教授らとの共同研究により、宇宙空間において プラズマの波が、イオンとの相互作用を介して別の波へと変わる様子を、世界で初めて発見しました。

地球や惑星周辺の宇宙空間には希薄ながらもイオンや電子が存在します。これらのイオンや電子はエネルギーの低いものから高いものまで様々な状態で存在することが知られていますが、なぜこのような多様性が生まれるのかは分かっていません。私たちは「あらせ」衛星(注1)の観測データに新しい解析手法を適用し、宇宙空間に存在する磁気音波と呼ばれる電波がイオンを温め、さらに、温められたイオンがまったく別のイオン波と呼ばれる電波を新しく作り出している証拠を見つけ出すことに世界で初めて成功しました。磁気音波はエネルギーの高いイオンによって生成されると考えられています。また、イオン波は、宇宙のイオンを散乱させ、プロトンオーロラ(注2)と呼ばれるオーロラを光らせることができると考えられています。

今回の発見は、エネルギーや起源が異なるイオン?電子が電波を介してエネルギーをやり取りする過程の一端を実証的に観測したもので、宇宙空間に存在するイオン?電子のエネルギーの多様性を実証する365体育appな成果です。

本研究成果は、2021年12月11日午前2時(日本時間)付アメリカ物理学会速報誌「Physical Review Letters」に掲載されます。

ポイント

  • 「あらせ」衛星の観測データを詳細に解析し、宇宙空間で磁気音波と呼ばれる波がイオンを温めることで、全く別の電波を励起していることを世界で初めて発見した。
  • 磁力線の周りを高速で回転しながら進むイオンの速度と、電波の向きや強さを詳細に対応づけていく「波動粒子相互作用解析」の手法を新たに開発し、「あらせ」衛星のイオンと電波の観測データに適用することで、イオンと電波の間で受け渡されているエネルギー流量と受け渡しの方向を完全に特定した。
  • 宇宙空間ではほとんど衝突が起きず、そのままではイオン?電子の間でエネルギーのやり取りが行われないにもかかわらず、多様なエネルギーを持ったイオン?電子が同じ領域に同時に存在している。本研究は、その多様性を作り出す理由の一つとして考えられている、電波とイオンの連鎖的な反応によるエネルギーの流れの観測に世界で初めて成功したものである。今後、木星などの他の天体の探査においても、様々な種類の電波とイオン?電子への本研究で開発した手法の適用が可能になれば、宇宙空間におけるエネルギーの分配や循環過程の理解につながるものと期待される。


【研究背景と内容】
地球?惑星周辺の宇宙空間にはイオンや電子などが存在しているものの、その量は希薄で、衝突はほとんど起きません。このため、あるエネルギーを持ったイオンが存在しても、そのままでは他のイオンや電子に影響を及ぼすことはありません。一方、図1のように、地球周辺の宇宙空間 (ジオスペース(注3)) では、低エネルギーイオンや電子が豊富に存在するプラズマ圏、10-100キロ電子ボルト程度の熱い粒子で主に形成されるリングカレント域、また相対論的な超高エネルギー粒子が捕捉されているバン?アレン帯などが重なり合うように存在しています。そして、それぞれの領域は、構成する粒子が大幅な増減を繰り返したり、領域の形状が変化したりするなど、ダイナミックに変動しています。これらの変動の理由を説明するためには異なる領域間の結合を考える必要があり、電波を介したエネルギーの流入?流出がそのメカニズムの候補となっています。



「あらせ」衛星は、バン?アレン帯を構成する超高エネルギー電子が生成?消滅を繰り返すメカニズムを、直接観測によって解明することを目的の一つとして打ち上げられました。そのため、世界最高性能の低エネルギーの粒子から超高エネルギーの粒子まで広いエネルギー範囲を精密に観測できるよう、得意なエネルギー範囲が異なる多数の観測機器を搭載するなどの工夫がなされています。また、電波についても、周波数に応じた多数の受信機を用意し、世界最高の広い周波数範囲をカバーしています。私たちは、精密観測が可能な「あらせ」衛星の持つこれらの特性を最大限利用し、イオンと電波の間のエネルギーのやり取りを観測的に導出する新たな手法の開発に取り組みました。

私たちが新たに開発した解析手法は「波動粒子相互作用解析」と呼ばれる手法で、電波とイオンの運動を詳細に対応づけることで、電波とイオンがやり取りするエネルギー量を明らかにするものです。例えば、ある瞬間に電波を構成する電界と同じ向きに運動する正イオンは電界によって加速されるため、電波からエネルギーを受け取ることになります。逆に、電波の電界と反対方向に運動する正イオンは減速されることとなり、結果的に電波にエネルギーを渡して電波強度を高めることになります。実際にはイオンや電子は多数存在するため、電波からエネルギーを得る粒子もエネルギーを渡す粒子も存在します。しかし、粒子の運動方向の分布に偏りがあると、全体的には電波から粒子、または粒子から電波へのエネルギーの流れが発生することになり、これが正味のエネルギー流量となります。

私たちは「あらせ」衛星に搭載された低エネルギーイオン質量分析器 (LEPi) と波動観測器 (PWE)、磁場観測器 (MGF) の 15.6ミリ秒毎の観測データを用い、観測タイミング、イオンのエネルギー、そして運動方向ごとに整理されたデータひとつ一つと、同じタイミングで観測された電波の電界との対応を取っていくことに初めて成功しました。

図2は、2018年2月10日17:37 UTC頃に観測された電波の周波数スペクトル (図2(A)) と水素イオンのエネルギースペクトル (図2(B))を示しています。詳しい解析により、図2(A) の11Hz 付近のピークは高周波電波(磁気音波(注4))、2Hz 付近のピークは低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波(注5))であることが分かりました。また、図2(B) から17:37~17:38 UTCにかけて 0.1キロ電子ボルト程度の冷たい水素イオンのフラックス(注6)が増大していることが分かります。



図3は、図2の観測に対し「波動粒子相互作用解析」を適用することによって得られたそれぞれの電波と冷たいイオンのエネルギー輸送量を示しています。図3 (a) は、高周波電波(磁気音波)と冷たいイオンのエネルギーのやりとり、図3 (b) は低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波)と冷たいイオンのエネルギーのやりとりを求めたものです。図3 (a) から、エネルギー輸送の向きに変動があるものの、全体的には高周波電波(磁気音波)が冷たいイオンにエネルギーを与える、すなわちイオンの加熱が起きていることが分かります。一方、図3 (b) では、冷たいイオンから低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波動)へのエネルギー輸送がはっきりと検出され、低周波電波が発生?成長していることが示されています。こうして、これまで考えられていなかった高周波電波(磁気音波)→冷たいイオンの加熱→低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波)の発生と成長、という電波とイオンの連鎖反応によるエネルギーの流れが宇宙空間に確かに存在することが世界で初めて実証されました。



【成果の意義】
高周波電波(磁気音波)は、10キロ電子ボルト程度のエネルギーを持つイオンによって生成されると考えられています。今回の発見は、10キロ電子ボルト程度のイオンの持つエネルギーが、高周波電波(磁気音波)を介して、冷たいイオンを加熱していることを実証したものです。さらに、加熱された冷たいイオンによって生まれる低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波動)は、イオンを地球方向に散乱させプロトンオーロラを作り出します。また、ジオスペースの超高エネルギー電子を散乱し、バン?アレン帯電子を減らします。
今回の発見をまとめたものが、以下の図です。イオンと電波の連鎖的な反応によって、これまで考えられてこなかったエネルギーの流れが新たに明らかになり、電波を介して異なるエネルギーのイオン、またイオンと超高エネルギー電子との結合が起こることが示されました。



熱いイオンが、①高周波電波(磁気音波)を生成し、②磁気音波が冷たいイオンを加熱、③加熱されたイオンによって新たな低周波電波(電磁イオンサイクロトロン波動)が励起し、④電磁イオンサイクロトロン波動で散乱されたイオンによってプロトンオーロラが発光する。


本研究で開発された「波動粒子相互作用解析」の手法は、2022年に打ち上げられる予定の欧州、日米の国際共同木星探査ミッション「JUICE」でも活用され、木星系の超高層大気で、イオンが電波を生み出す過程を明らかにしようとしています。この手法を用いることで、宇宙に存在する様々な種類の電波とイオン?電子との間のエネルギー輸送、さらには多様なエネルギーを持つイオン?電子が同時に存在している理由を解明していくことが期待されます。


【用語説明】
(注1)「あらせ」衛星:
2016年12月20日にイプシロンロケット 2号機によって打ち上げられた、ジオスペースをその場観測によって探査する衛星。バン?アレン帯などの超高エネルギー粒子が蓄積されている領域を継続的に観測するため、非常に厳しい放射線環境の中ではあるが、現在も順調に観測を行っている。

(注2)プロトンオーロラ:
水素イオンが大気に向かって降りこみ、大気粒子と衝突することによって発生するオーロラ。電磁イオンサイクロトロン波が宇宙空間でイオンを散乱すると、散乱されたイオンの一部が大気に向かって降り込み、プロトンオーロラを発生させると考えられている。

(注3)ジオスペース:
地球をとりまく宇宙空間を意味する。超高エネルギー粒子が蓄積されているバン?アレン帯、冷たいイオン?電子が比較的多いプラズマ圏、温度が低く密度が高い電離層など、多様なエネルギー?密度を持つイオン?電子が同時に存在している。さらに磁気音波、電磁イオンサイクロトロン波をはじめ、様々な種類の電波も存在することが分かっている。

(注4)磁気音波:
イオン?電子で構成される空間を伝搬する電波の一種。ジオスペースでは、よく観測される電波で、赤道面付近でよく観測される。周波数は、10ヘルツから数十ヘルツでよく観測される。

(注5)電磁イオンサイクロトロン波:
イオン?電子で構成される空間を伝搬する電波の一種。磁場に沿う方向に伝搬しやすい性質をもっている。周波数は、数百ミリヘルツから数ヘルツでよく観測される。電磁イオンサイクロトロン波動は、イオンや超高エネルギー電子を散乱させて、地球大気に降りこませるという365体育appな性質を持っている。

(注6)フラックス:
単位時間単位面積あたりに流れるプラズマの量を表している。


■ 論文の詳細情報


タイトル “Cross-energy couplings from magnetosonic waves to electromagnetic ion cyclotron waves through cold ion heating inside the plasmasphere”
著者名 浅村 和史 (宇宙航空研究開発機構 准教授)
小路 真史 (名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任助教)
三好 由純 (名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授)
笠原 禎也 (金沢大学 教授)
笠羽 康正 (東北大学 教授)
熊本 篤志 (東北大学 准教授)
土屋 史紀 (東北大学 准教授)
松田 昇也 (金沢大学 准教授)
松岡 彩子 (京都大学 教授)
寺本 万里子 (九州工業大学 助教)
風間 洋一 (台湾中央研究院 訪問研究員)
篠原 育 (宇宙航空研究開発機構 准教授)
雑誌名 Physical Review Letters
DOI 未定


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【本件に関するお問い合わせ先】
<研究者連絡先>
 東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所
 教授 三好 由純(みよし よしずみ)
 TEL:052-747-6340
 FAX:052-747-6334
 E-mail:miyoshi*isee.nagoya-u.ac.jp

 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
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 准教授 松田 昇也(まつだ しょうや)
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 教授 松岡 彩子(まつおか あやこ)
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